賃貸の退去時に「原状回復費用」として請求される金額のうち、法律上、賃借人が必ず負担しなければならない範囲は限られています。民法第621条は、賃借人の原状回復義務について、通常の使用及び収益によって生じた損耗と、経年変化を除くと定めています。国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(再改訂版、平成23年8月)は、この考え方を、設備ごとの負担区分と、経過年数に応じた按分の目安に落とし込んだものです。
この記事では、ガイドラインで決まっている負担区分の考え方と、もめたときの相談先を整理します。
制度の目的と対象者
- 目的: 賃貸住宅の退去時に、原状回復費用の負担をめぐる貸主・借主間のトラブルを防ぐため、国土交通省が負担の考え方を整理し、公表したもの
- 対象: 賃貸住宅(主に居住用)の退去時の原状回復費用の精算に関わる、すべての貸主・借主
- 法的な位置づけ: ガイドラインそのものに法的な強制力はありません。民法621条という法律の規定を土台に、実務上の目安として国土交通省が示しているものです
負担の決まり方
ガイドラインは、退去時の損耗を3つに分けています。
| 区分 | 内容 | 負担 |
|---|---|---|
| A | 賃借人の通常の使用でも発生する損耗・経年変化(例:家具の設置による床・カーペットのへこみ、テレビ・冷蔵庫の背面壁の黒ずみ) | 貸主負担 |
| B | 賃借人の手入れ不足や用法違反による損耗(例:手入れを怠ったことによる水垢・カビ、油汚れ) | 賃借人負担 |
| A(+B) | 賃借人の使い方次第で発生したりしなかったりするもの | 賃借人の善管注意義務違反にあたる部分のみ賃借人負担 |
代表的な項目の考え方は次のとおりです(国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」再改訂版より)。
| 項目 | 考え方 |
|---|---|
| 設備機器の故障・使用不能(機器の寿命によるもの) | 経年劣化による自然損耗であり、賃借人に責任はないと考えられる(貸主負担) |
| 鍵の取替え(破損・紛失がない場合) | 入居者の入れ替わりによる物件管理上の問題であり、賃貸人の負担とすることが妥当と考えられる |
| 鍵の紛失・破損による取替え | 賃借人負担。経過年数は考慮せず、交換費用相当分を全額賃借人負担とする |
| 日常の不適切な手入れ・用法違反による設備の毀損 | 賃借人の善管注意義務違反に該当すると判断されることが多い |
経過年数の考慮: 壁紙(クロス)や設備機器など、耐用年数が定められている部分については、賃借人の善管注意義務違反による損耗であっても、経過年数が長いほど賃借人の負担割合が小さくなる考え方(耐用年数経過時点で残存価値1円になるような直線または曲線を想定した按分)が示されています。ただし、鍵の紛失やクリーニング未実施による汚損については、経過年数を考慮せず、賃借人が全額を負担するとされています。
特約がある場合
ガイドラインの原則と異なる内容の特約(例:鍵交換費用を借主負担とする特約)についても、契約自由の原則にもとづき、民法や消費者契約法の強行法規に反しない限り、必ずしも無効にはなりません。まず契約書に、ガイドラインの原則と異なる特約が明記されているかを確認してください。 特約がなければガイドラインの原則(民法621条の考え方)が判断の目安になります。
もめたときの相談窓口と期限
- 貸主・管理会社との話し合い: まずは請求内訳(何の損傷に対して、いくら請求されているか)の開示を求めます
- 消費生活センター: 消費者ホットライン「188」で、最寄りの窓口につながります
- 宅建業者が関わる場合: 都道府県の宅建業を所管する窓口(宅地建物取引業法にもとづく指導監督窓口)にも相談できます
法律上の請求権の期限(消滅時効)は個別の事情によるため、疑問があれば早めに相談窓口へ確認することをおすすめします。
似た制度との違い
- 敷金の精算との違い: 敷金は、原状回復費用や未払い家賃などを差し引いたうえで返還される預け金です。原状回復費用の負担割合の考え方(このガイドライン)が、敷金からいくら差し引かれるかを左右します
- 仲介手数料・鍵交換費用(入居時)との違い: 入居時の鍵交換費用は引越しにかかるお金の内訳で扱った初期費用の一項目で、退去時の原状回復とは別の話です
よくある誤解
- 「請求された金額はすべて払わなければならない」: 民法621条により、通常の使用・収益による損耗と経年変化は、そもそも賃借人の原状回復義務の対象外です
- 「新品に戻す費用を全額払う」: 経過年数を考慮した按分の考え方があり、耐用年数が経過していれば賃借人の負担割合は小さくなります(鍵の紛失など経過年数を考慮しない例外もあります)
- 「ガイドラインに反する特約は無効」: 契約自由の原則があるため、民法・消費者契約法に反しない限り、ガイドラインと異なる特約も有効な場合があります
出典
- e-Gov法令検索「民法」第621条 https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 国土交通省住宅局「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」(平成23年8月) https://www.mlit.go.jp/common/000991391.pdf
- 消費者庁「消費者ホットライン188」 https://www.caa.go.jp/policies/policy/local_cooperation/local_consumer_administration/hotline/
(いずれも2026年9月25日に確認)